決して淡路島にある探偵ナイトスクープで有名になった
ユートピアの話ではありません!


少し難しい事を書きます。
音楽に全く関係ないので、ご用心!

脳科学者、茂木健一郎。
非常に科学者とは思えない、難しい話を分かりやすく解説する
そのセンス、雑学の多さ、読心術とユーモア。
全く興味のない分野なのに引き寄せられる。

脳化学とは、自身が感じ取った所感で書くと、
この世の目で確認できる表面上の事実は全て
数字(科学)で証明し認識する事が出来る。
上記に人が思い描く感情は必要なく、分離した
考え方として(極論としては、必要のない考え方)として
扱われ、物事が起こった時に感じる・事実と感覚は
2WAYでの思考回路が同時に進行し並行して交わる事が無い。

と言うのが脳・科学の真髄。
但し、茂木健一郎(遡れば小林秀雄なども)はここで提唱する、
人が感じる数字(科学)で証明できないもの
クオリア(質感)についての概念が納得できる。
心の科学。

心脳と言う言葉。
脳は心を持っている・持つ、と言う考え方は
我々が生活する上でごく自然に体験していること。
例えば、 「雪」
科学的に説明すると、
水分が蒸発し雲になり、また地上に雨となり落とす過程の
気温が氷点下のため雪となり地上で目視される。
これは全て数字で証明する事が出来る。
だけど、雪を見て、綺麗だ とか 情緒 を感じるこの
感覚は決して科学では証明する事が出来ない。人それぞれ違う感覚
であり、完全なる主観性だからだ。
これは、クオリア と言う表現となる。心脳たる所以。

もっと身近に言うと世界共通のクオリアは宗教観であると思う。
例えば、神道や仏教などは神と言う存在が自然精霊や仏の魂に存在し
これだけの信者がいるのに、根底の精神世界は同一性があるが、個人
それぞれのとらえ方には大きく違いがあると思う。木や山の神は人が目に映る
対象物に対して、偶像世界を作り出す。その心の世界は必ず違うはず。
絶対の神を崇拝している一神教(唯一絶対神)であるキリスト教や
イスラム教などでさえ人々の心のより方は違うのではないでしょうか?
先進国であれ途上国であれこの科学が発達した世の中なのに、
生活基盤がそこにある。文化を組み成し、生活を支える心のよりどころとなっている。
科学は大事だ。この豊かな生活環境があるのもこの文章が書けているのも、人が沢山
救われているのも科学の発展があってこそ。
だが、それでだけでは生きていけない事も確か。
多くの国をみると、宗教観の違いを理解する事により、よりその国の文化が
浮絵のように浮き出てくる。それは宗教派閥を持たない多くの日本人の
フラットな感覚で見るとより鮮明となる。

一体何が言いたいのかと言うと、
この世の中のものは全て偶像でしかないと思う。
例えそれが科学でも。例えば我々が理解をする数字は
人間のみが理解をする為の一つの媒介でしかなく、実態は不明慮だ。
形があるわけでは無い。目で見ているもの全ては、眼球を通して見る事は
出来る。只それは人間の目がそう移しているだけの話で、例えば「ボール」
を異星人が見た時は象に映るかも知れない。光の屈折の受け方の問題。
それゆえに、現在が偶想の物に対しては形が無い分よりリアルに感じる事が
出来る。それは、人の脳の問題でありハートの問題。
一つの曲を、楽しいと感じる人がいれば悲しいと感じる人もいる。
イコール無限なのだ。創造とは無限の可能性を秘めその無限の可能性を
ゼロから創り上げる無限の万物だと、信じている。
宇宙と言うまだまだ未開な世界は、我々の脳と繋がっていると思う。
それは、科学でも証明できない未知なるユートピアとして。


少し意味不明の事言ったかな・・・・

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今日はこのへんで・・・